Jan 08 2010
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“ 一方、アラビア語の性質もアラブの性質と相同していて、彼らはとにかく「誰のせいやねん」というのが大好きです。
M女史とالباب مكسور(扉が壊れている。「壊れている」は「壊す」の受動分詞が形容詞的に使われている)という単純な文をネタに話したのですが、そもそもエジプト人は、こういう「誰が壊したのか分からない表現」という時点で軟弱に感じるらしく、すぐ「アフマドが壊した!」「あいつはいつも物を壊すんだ!」「俺も見た!」とか言いたがります。
日本人なら、アフマドが壊したという証拠や確信がかなり整っていなければこういう言い方をしませんが、彼らは大して根拠もないくせに、平気で「アフマドが壊した!」ととりあえず叫びます。
アフマドが連れてこられて「いやいや、俺じゃないよ、その時外に出てていなかったよ」とか言うと、「あぁ、確かにその時アフマドはいなかった!」「俺も見た!」とかいう人が出てきて、やっと皆が「じゃあアフマドじゃないな」となるのですが、ここでアフマドに対する謝罪が行われるより、まず「それじゃあ一体誰が壊したんだ?」という方に話題が流れるパターンがよくあります。
謝るにしても、例の「マーレーシ(怒るな)」という、非常に軽い謝罪で流され、かつアフマドもここで怒ってはいけません。キレると、むしろ「お前じゃないんだろ、わかったからもういいじゃねーか。何キレてんだバカ」とか、非難されるパターンが多いでしょう。
日本人なら、まず優先するであろう「扉の修理」は、常に後回しです。
M女史とالباب مكسور(扉が壊れている。「壊れている」は「壊す」の受動分詞が形容詞的に使われている)という単純な文をネタに話したのですが、そもそもエジプト人は、こういう「誰が壊したのか分からない表現」という時点で軟弱に感じるらしく、すぐ「アフマドが壊した!」「あいつはいつも物を壊すんだ!」「俺も見た!」とか言いたがります。
日本人なら、アフマドが壊したという証拠や確信がかなり整っていなければこういう言い方をしませんが、彼らは大して根拠もないくせに、平気で「アフマドが壊した!」ととりあえず叫びます。
アフマドが連れてこられて「いやいや、俺じゃないよ、その時外に出てていなかったよ」とか言うと、「あぁ、確かにその時アフマドはいなかった!」「俺も見た!」とかいう人が出てきて、やっと皆が「じゃあアフマドじゃないな」となるのですが、ここでアフマドに対する謝罪が行われるより、まず「それじゃあ一体誰が壊したんだ?」という方に話題が流れるパターンがよくあります。
謝るにしても、例の「マーレーシ(怒るな)」という、非常に軽い謝罪で流され、かつアフマドもここで怒ってはいけません。キレると、むしろ「お前じゃないんだろ、わかったからもういいじゃねーか。何キレてんだバカ」とか、非難されるパターンが多いでしょう。
日本人なら、まず優先するであろう「扉の修理」は、常に後回しです。