「見切り」という商行為の問題。なぜ、見切りするのか。
それは、在庫を売り切って、現金化するためです。間違いなく経営行為の一つの手段。
その意味では、生鮮食品や弁当・惣菜だけでなく、衣料品でも雑貨でも、見切りはする。
生鮮食品や惣菜は、鮮度劣化したり、消費期限を超えたりすると、商品価値は著しく低下する。もしくは皆無になる。だから商品価値がゼロになる前に、安い値段をつけて、販売します。
顧客にも、それが店のルールとして、知れ渡っていれば、顧客との約束を破ることにはなりにくい。
しかし、なぜ見切りする商品が生まれるのか。
それは、売れ数の予測が狂い、発注が過多になったからです。
小売業は、最終販売者です。そのあとの顧客は、商品を転売することはない。最終販売者ということは、誰かから買って、誰かに売る。
誰かから買うときに、ミスすると、在庫が残る。この残った在庫の責任は、誰が取るか。小売業者です。最終販売者の。
本来、仕入れた商品、発注した商品は、すべて売り切れることが理想です。その理想主義的な経営をセブン-イレブンは、一貫して追求しています。
だからセブン-イレブン本部が考えるように、見切りをしてもよいという前提があれば、発注の精度が落ちる。これは確実なことです。
従って、見切りを認めたからといって、廃棄の数量が減るかというと、それは違います。ここには、おそらく、「8-2の原則」が適用できると思われます。
8割の加盟店は、見切りをうまく活用する。2割の加盟店は、見切り制度があっても、廃棄数量は、変わらない、あるいは増える。
これも推測の域を出るわけではありませんが、現在、セブン-イレブンの加盟店の中で、発注精度が甘く、廃棄の量が多い店は、見切り制度が容認されたとしたら、発注はさらに甘くなり、発注量が以前よりも多くなり、見切りしても廃棄は出るという矛盾に陥る。いたちごっこになる可能性が強いのです。商売とはそういうものです。
「見切り」はあくまで行為であり、手段です。行為や手段の是非は、その行為や手段が上手に活用できるか否かによって、判断されるものです。
野球のバントが、いい作戦か悪い手段か。それ自体の問題は、大きな戦略判断ですが、その前に、バントが上手か下手かの方が問題となります。
ただし、多くの方から指摘があるように、生鮮品や惣菜の廃棄は、地球環境問題や食糧問題、人口問題に関連しています。これは、世界の共通認識です。
セブン-イレブンの公正取引委員会立ち入り調査問題の本質 - 流通ニュース (via nakano) (via vmconverter) (via otsune)
見切りをしてもよいという前提があれば、発注の精度が落ちる。
なんだ提灯記事か